大神とレニは、熱海に新婚旅行に来ていた。
レニの退団公演や挨拶回り、任務の引継等もようやく終わり、
遅まきながらも「新婚旅行」として、
また、ようやく持てた、のんびりとした「二人だけの時間」を過ごす為に、
この熱海の旅館に泊まっていた。
もちろん米田元司令の口利きなので、旅館の客は二人だけ、という粋な計らい。
誰彼の視線に神経質になる事も無く、自由な時間を満喫していたのだった。
「隊長は寝相悪くて障子に穴あけそうだから、ぼくがこっちに寝るね。」
レニがおどけた調子で大神に言う。
「う、うん・・・。」
大神は「これから朝までの時間」を考えると、それどころでは無い。
適当に生返事をしながら、さて、どうしたものだかと、
頭の中で「これからの手順」を考える。
(こうすれば・・・いや、それは勿体ぶり過ぎる、
じゃ、こうしたら・・・でもそれは鬼畜だろう・・・・・・。
相手はまだ十代の「おんなのこ」なんだぞ・・・。)
大神は「女との交わり」は決して初めてでは無かったが、
今はまるでうぶな少年のように、落ち着かない思いで考えを巡らせていた。
座布団の縁の房を、指で悪戯しながら。
レニは湯上がりの濡れた髪を乾かしたり、
化粧水をはたいたりしている。
・・・いつも通りの、冷静で穏やかなレニだ。
(それを、これから・・・。)
大神が緊張するのも、無理は無い、のかも知れない。
一方レニは、そんな大神の気持ちも知らいでか、明日の予定を話し出す。
「明日は駅前のお土産屋さんに行ってみようよ。
劇場のみんなに何か良い物探さないと。温泉饅頭だけじゃつまんないしね。」
「あ・・・あぁ・・・。」
「?隊長、さっきから何かヘンだけど、もしかしてのぼせた?顔、真っ赤だよ?
・・・だからそんなに長湯しない方がいい、って言ったのに。何か冷やすもの、借りてこようか?」
「あ、いや、のぼせてなんかないよ、大丈夫、気にしないでくれ、レニ。」
(・・・俺の顔は、真っ赤になっているのか・・・。感情の高ぶりが、顔に出てしまったのか・・・。
・・・・・・・・・あー、どうしたもんだろう!!)
大神はうわの空でお茶を喉に流し込むが、味も何も感じられず、
口の中は一層の乾きを覚えるばかりだった。
(えぇい、ままよ。なるようにしかならない!!)
意を決した大神は切り出した。
「こほん」
大神は咳払いをひとつすると、机の上に置いた懐中時計を手に取り、
自分でも余りにも芝居がかっている風だよな、と思いながら、言った。
「10時半、もうこんな時間か。明日も早いからレニ、もう寝ようか。」
「うん。」
大神は、鏡台の前で、今、正に立ち上がろうとしたレニを背後から抱き上げた。
レニは
「あ・・・っ」
とちいさな声を発すると、大神の顔をちらっと見、
その表情から「何か」を読み取ったのか、あとは俯いてしまった。
レニは大神の腕の中で、己の存在を目立たなくしようとでもするかのように、
出来るだけちいさく、縮こまった。
手は、ぎゅうっと固く握りしめられているようだった。
湯上がり後でまだ暑いのか、パジャマの胸元がはだけていたのだが、
そこからは石けんと、「レニの香り」というのか・・・が
ほのかに立ち上り、大神の鼻腔をくすぐる。
大神は何処かの血液の巡りが一層速くなった気がした。
大神は足で掛布団をめくりあげ、レニをゆっくりと下ろした。
布団に横たわったレニは、何かしがみつくものを探していたかのように、
シーツをぎゅうっと握りしめる。
レニは少し瞼を伏せ気味にし、大神と視線を合わせないよう、
白いシーツに視線を泳がせていた。
大神がその狭い視界に、割り込む。
レニは急いでかたく瞼を閉じる。
大神はレニの上に覆い被さり、滑らかで心地よい弾力の唇を親指でなぞり、
うすく、口を開かせた。
「あ」
レニが微かに声とも吐息ともつかぬ音を、口から漏らす。
真珠のような白い歯と、薔薇のように紅い口腔。
(思う存分、貪りたい。心ゆくまで。そのすべてを。)
大神の顔がレニに近づく。
「・・・たいちょう・・・」
と、レニが、消え入りそうな小さい声で言った。
大神の顔が止まる。
「た・・・たいちょう、あのね、ぼく、ぼくさ、
性格もこんなだし、体もほかの女の子みたいに発達してないし、
ちょっとおかしいかも知れないし・・・
何かヘンだったら・・・ごめんね。こんなぼくで、ごめんね。」
レニは自分のこころや体が「人並み」で無い事に、コンプレックスを抱いているらしい。
大神は、思いがけない言動にどう返答したら良いか窮し、まじまじとレニを見つめるしかない。
レニはその気配に、「言い訳の付け足し」をするかのように、言葉を続けた。
「もしかすると・・・ぼく、『不感症』かも知れないから・・・
『具合が良くなかった』り、『キモチ良くなかった』ら、ごめんね・・・。」
「ぷ」
この場に至って余りにも相応しくない、
否、逆に余りにもレニらしい、
『本人は至って大真面目だが、周りを幸せな脱力で満たすような』、
「天然」な言葉が出たので、大神は思わず吹いてしまった。
張りつめていたものが、一気に切れてしまった。
「な・・・何で笑うのっ?!」
レニは、恥ずかしさの余りかたく閉じていた瞼を開き、大神をきっと見つめた。
大神はレニの、開かれた深い蒼い瞳を愛おしそうに見つめながら、答える。
「いや、レニがあんまり一生懸命でかわいいなぁ、と思ってさ。」
「ぼく本気でそう思ってるのに!!」
「全く・・・『不感症』だとか『具合が良くない』だとか『キモチ良い』だとか、
どこで調べてきたんだい?」
「え・・・織姫から貰った、『嫁入リ前ノ心得』って本で・・・ってそんな事関係無いでしょっ!!」
ムキになるレニをなだめるように、大神は軽く頬にキスをした。
そしてレニの手を取り、レニの目を真っ直ぐに見つめ、言った。
「レニは確かに、年の割にはつるつるのぺったんこで、男の子みたいだ。
でも、そんな事は付き合い始めた頃から・・・否、その前から判ってる事さ。
性格だって、俺でさえ、未だに時々何考えてるのか判らない時がある。
でも、人は皆、そういうものだと思う。
・・・それと、自分に感情が乏しくて、人並みで無い変な人間だ、って思っているみたいだけど、
緊張して、恥ずかしくって、こんなに手のひらにいっぱい汗かいてて、真っ赤になってる。
軽く頬にキスしただけで、ちょっと体が密着しただけでこんなになる子の、どこが感情に乏しいんだい?
どこが『不感症』なんだい?全く普通のからだじゃないか。(寧ろ感度良すぎて凄いかも・・・。)
レニはあんまり自分の事をヘンだと思い込まない方がいいよ。
俺はそのまんまの、あるがままのレニが好きだ。他と同じじゃ無い、レニ『だから』好きなんだ。
例えどこかがおかしかろうが、俺の気持ちは変わらない。」
言い終わると、大神はレニの手を静かに布団に戻した。
レニははにかんで大神から視線を外し、
「・・・ありがとう、隊長。」
ぽつんと呟くように言った。
噛みしめた唇の端には、僅かながら笑みが覗いていた。
(・・・レニはどんなおんなのこよりも、本当に、可愛い。)
おでこにかかったゆるやかな銀髪を撫でながら、大神は思った。心の底から。
「さ、ホントにもう寝るかな。」
大神は立ち上がって天井の灯りを消した後、レニが横たわる布団の脇に膝をつき、
また、キスをした。
今度はちょっと濃厚なキスを、暫く。
薄暗がりには少し乱れ気味の息遣いと、湿った音が広がる。
「・・・ん・・・っく・・・」
レニのちいさな呻きが、大神の耳に心地良い。
大神が唇を離し、次の行動に移そうとした時、
レニが消え入りそうな声で言った。
「スタンドも・・・消すの・・・。恥ずかしいから・・・。」
大神は一瞬思案して、再びレニの口中を侵すようなキスをしながら、
手探りでスタンドの明かりを、一段階だけ暗くした。
レニは大神のキスを顔を横にして避けながら、訴える。
「・・・だっ・・・だめ!!もっと消すの!!・・・ぁん!!」
大神は逃げるレニの顔を、唇を追いながら、答える。
「ダメダメ、真っ暗にしたら、大事なレニの可愛い顔が見られない。
『俺だけしか見られないレニの顔』は、是非ゆっくりと堪能させて、頂きたく。」
「いっ・・・やぁ・・・んぅっ・・・」
レニの唇は、大神に再びしっかりと捕捉された模様である。
先程までは「はじめての少年」のようだった大神も、いつの間にか「余裕のある大神」になっていた。
最早、経験の無いレニが勝てる相手では無い。
レニは大神の手の内で、少しずつ、熱く、溶けてゆく。
「大丈夫、怖くないからね。かわいいよ、レニ・・・・・・。」
大神はゆっくりと、少しずつ、ようやくレニを味わう。
薄暗い部屋に眩しい朝の陽が射すまでは、まだ何時間もある。
障子の向こうからは、昼間行った海の、
規則正しく、寄せては返す波の音が入ってきていたが、
今の二人には聞こえる筈も無かった。
(了)
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