◆◇◆ 神崎すみれ引退記念・あるあたたかい秋の午後。 ◆◇◆


ぽかぽかと気持ちの良い秋の午後。
すみれさんは中庭で一人お茶を飲みながら読書を楽しんでおりました。

・・・しかしよくよく見てみれば。


頁を見つめるその目は同じ行を追うばかり。
頁を繰るその指は止まったまま。
「心、ここにあらず」
といった感じなのでした。


そこへ中庭で遊んでいたフントが
白いボールのようにはずみながら
走ってきました。

「あらフント、いらっしゃい。」


「やっぱり動物と遊ぶのは
心がなごみますわね。
実家においてきた
飼い犬を
思い出しますわ。

・・・・・・実家、
かぁ。」

すみれさんの
表情が少し曇りました。

「今まで色々我が儘
させて頂いてたけれど、
私もそろそろ
身の振り方を考えないと。


ゆうべ、お父様に電話差し上げたら、
お仕事がとても大変でらっしゃるみたいで、本当にお疲れの様子でしたの。
お父様は誰にも言わないで、無理をため込むタイプですし・・・。

お祖父様も何やかんや言っても、もうご高齢ですし・・・。

うちに帰って神崎重工の跡取りとして、お父様やお祖父様を
安心させて差し上げたいの。


私も好きな事が色々できたし、そろそろうちに帰って
お手伝いしてさしあげないと・・・

でも、まだお芝居していたい、って気持ちも完全には捨て切れませんの・・・
わたくしはどうすれば・・・。」

「フント、ごはんだよ。どこにいるの?」

フントを探すレニの声がします。
どうやらもう、晩御飯の時間らしいです。

「・・・もうそんな時間・・・フント、レニが呼んでますわ。
早くお行きなさい・・・。」

けれど、フントはすみれさんのいつもと違った雰囲気が心配で、動こうとはしないのです。


「・・・レニ・・・ネギぼうずもだいぶ元気になりましたこと・・・
中尉が居なくなって2・3か月の頃は、
塞ぎ込んでばかりでとても心配でしたのに・・・。

・・・・・・。

わたくしは決めました。

わたくしは引退する事にしましょう。

さくらさんやレニの様な後進が育っている事だし、
「帝劇団員」としても、「帝撃団員」としても、
わたくしが居なくなっても充分に任せられることでしょう。


わたくしは残されたここでの日々を、
精一杯みんなの為に使いましょう。
今までの色々な技術や知識を、みなさんに残してゆくのです。

そうすることが、わたくしにとっての「最後の舞台」なのです。

私がここから離れても、
私の心はみなさんの中に息づき、育ってゆくことでしょう。


だからフント、誰も寂しがる事なんかないし、
悲しがる事なんかも無いのです。


「フント!!どこに隠れてるの!!
ごはんあげないよぉ!」

「フント、さ、早くお行きなさいな。
ごはん抜きになっちゃいますわよ。」

フントは
するりとすみれさんの腕から抜けると
振り返り、
それでも少し心配そうな表情をして
尻尾をゆらゆらさせました。

そして、
レニの声のした方へと駆けて行きました。


 
すみれさんの引退が帝劇のみんなに発表されたのは、その次の日でした。

「すみれ、何で突然引退なんか!!」

あらぁ、わたくしが引退して差し上げなければ、
みなさんが
いつまでもトップ スタアになれませんでしょ?
特にカンナさんと・か・は!!ほっほほほほほほほほ!!」

「こぉんのぉ!!人が心配してやってンのにぃ!!」
「ああッ!!すぐ暴力に出る!野蛮ですわ!!」

「こら!カンナ!やめなさいってば!!」

「まぁまぁカンナさぁん・・・。」


その騒動を、少し離れた所から見つめるちいさな目がありました。

フントは知っています。
すみれさんはいつもの通り強がってはいますが、とても深い優しさのあるひとだという事を。

そして、今回の決心は
けっして「夢の終わり」なんかでは無いことを。 

(おしまい。)


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